「モータースLIVE」
〈オープニング〉
・・会場に満ちる熱気と歓声、流れるエンドロール、鳴りやまない拍手。
盛一は信じられなかった。
この日本中を巻き込んだライブが、自分が生み出したものだなんて・・。
〈第1ブロック〉
――五年前。
「おっはよーう!あ、モリー!さっき駅で誰見たと思う!?」
教室に入って来るなり大声で話しかけてきた朝からハイテンションなこの男は太一。
一応、僕の親友だ。
「朝からうるせーなー。またどうせしょうもねーんだろ」
「今日はマジですげーんだよ!なんと、山之上たかし!」
「え!?あの山之上たかし!?最近、テレビの司会でめちゃめちゃ出てる人だよな!?」
「そう!とにかくオーラがすげーんだよ!なんかこうバーン!って感じで・・」
「ちょっと太一!うるさいよ!あんた昨日の夜も大声で歌ってたでしょ!次やったらぶっ飛ばすわよ!ちょっとは盛一くんを見習ったら!?」
一瞬、胸がドキッと鳴った。
長くて綺麗な黒髪、どこか幼さが残る端正な顔立ち、この見た目とは裏腹なきつい言葉を発しながら教室に入ってきたのは隣のクラスの桐谷鈴音。
太一とは家が隣同士で、兄妹同然のように育てられてきたらしい。
「やべっ!鈴音だ!じゃ、モリー!またあとでな!」
太一は逃げるように教室を飛び出していった。
「ちょっと太一!もう!・・あ、そうだ盛一くん。今日の放課後ヒマ?」
「え?」
「私行きたいところがあって、ちょっと付き合ってほしいなーって。太一も誘ってるんだけどあいつあんなんだから来るか分かんないし」
「あー、たぶん大丈夫」
絶対に行く。
僕は心に誓った。
「絶対来てよー?じゃあ、また放課後ね」
放課後、太一が文字通り鈴音に首根っこを掴まれて校門に来た。
「よし!揃ったね!じゃ、行こっか!」
「えーっと・・どこに?」
「ふふっ。いいからいいから!」
そう言って、鈴音は軽やかに歩き出した。
「モリー、諦めろ。鈴音はああなったらもう誰にも止められない。さあ、行こうぜ」
太一はおずおずと鈴音の後に続いた。
しかし僕は少しためらった。
なぜか、この先に待ち受けるものが自分の一生を変えてしまう、そんな気がしていた。
「フッ、そんなわけないか」
僕も一歩を踏み出した。
〈第2ブロック〉
「ここ」
「ん?KING LIVE・・?」
「そう!この日本で今1番熱いお笑いライブ!」
「お笑い??」
「モリー。おれはこれで5回目だ」
「さ、入ろっ」
会場に入ると、まるで別世界に迷い込んできたような特別な何かを感じた。
様々な人間がいる。
サラリーマン、女子高生、男子大学生風の集団。
ギチギチの席に並んで座ったタイミングで急に真っ暗になった。
「やった!ギリギリ間に合ったね!」
大音量の音楽に気圧されている僕の横で、鈴音は目をキラキラさせていた。
「どーもー!!」
二人組の男が出てきた。
初めて見る鈴音の表情に見惚れていた僕は、渋々舞台に目を移した。
しかしいつの間にか、隣に鈴音がいることも忘れて、僕の目は舞台に釘付けになっていた。
「やっぱりこのライブ最高!」
終演後、跳ねるように会場を出た鈴音は、最高の笑顔でそう言った。
「たしかにこのライブすげーな。来るたびにレベルが上がってるわ」
いつもいい加減な太一も珍しく熱くなっている。
「お笑いライブ・・」
今まで感じたことのない高揚感に包まれながら、僕たちはその場を後にした。
翌朝、目が覚めた僕の頭はボーッとしていた。
いつもの眠気からくるものとは違う。
いつもより早く学校に着き、席に座ってイヤホンで音楽を聴きながら昨日のライブを振り返っていた。
ほどよい緊張感を残しつつ、会場を軽快なトークで温めたオープニングMC、
トップバッターのネタから会場は爆笑に包まれ、その爆笑の渦は終盤になるにつれうねりを上げていった。
そして間違いなくこの日一番ハネたのは企画だった。
個性的な芸人たちの絡みによる化学反応で、笑いが爆発した。
「何聴いてるの?」
目の前に急に鈴音の顔が現れた。
「うわっ!」
僕は思わず声をあげてしまった。
「フフフッ。ごめんごめん。話しかけても全然聞こえてなかったみたいだから」
そう言いながら鈴音はスルリと横に座り、僕の左耳のイヤホンを奪って自分の右耳に付けた。
顔が近い。
「あっ!『恋する季節』!?盛一くんサンボマスター好きなの!?私この曲一番好きなのよ!」
心臓が口から飛び出そうだ。
「うん」
何も気の利いた言葉が出てこない自分が情けなかった。
そのうち、二人は黙って音楽に聴き入っていた。
「私、小さい頃からお笑いが好きでさ。
テレビもいいけど、私はやっぱりライブが好き。生で観るお笑いが一番好きなんだ。だから昨日誘ったの。私が一番好きなものを太一と、盛一くんにも見てもらいたくて」
「・・昨日のライブ、凄かった。
あんな世界があるなんて知らなかったよ。
誘ってくれて、ありがと」
「実はもう一つさ、盛一くんに聞いてほしいことがあって・・」
ガラガラガラッ!
勢いよくドアが開いて、誰かが教室に入ってきた。
太一だ。
「あっ」
3人の声が揃い、そのまま3人見合って固まってしまった。
右耳から聴こえてくる『恋する季節』だけが僕の脳内に響いていた。
「ちょうどいいとこにきたね。太一」
不敵な笑みを浮かべる鈴音。
次に鈴音の口から出てきた言葉は僕も、太一でさえも全く予想できないものだった。
「私たち3人で、お笑いライブやろうよ」
<第3ブロック>
それから3ヶ月の月日が、あっという間に過ぎていった。
会場の予約、ライブの企画構成、出演依頼、チラシ作り、やることは幾らでも出てきた。
「まったく!鈴音のワガママには今まで散々振り回されてきたけどさ、今回はさすがにむちゃくちゃすぎるぜ!なっ!モリー!」
文句を言いながらも太一はどこか楽しげだった。
「でもなんだかんだで、ついに明日本番かー。まさか、自分たちだけでここまでできるなんて思ってもなかったよ」
僕はこの3ヶ月の苦労を噛み締めていた。
「鈴音のこと好きなんだ」
…一瞬、何が起こったのか分からなかった。
太一を見た。
太一も目を丸くしてこっちを見ている。
「え?」
“鈴音のこと好きなんだ”
この言葉は、どうやら僕の口から出てきたみたいだ・・。
「お笑いライブやりまーす!」
ライブ本番当日、3人は会場の近くでチラシを配っていた。
鈴音と太一は、器用に声をかけてチラシを配っていた。
一人遅れをとっている僕は、焦りながら目の前を通り過ぎた男に後ろから声をかけた。
「すみませーん、お笑いライブやるんですけど、もし良ければ・・」
振り返った男の顔を見て、僕は思わず大声を出してしまった。
「山之上たかし!?!?」
「ほーう。お笑いライブかー。」
バラエティ番組の司会で引っ張りだこの山之上たかしが、チラシと僕を品定めするように見てきた。
「え!?え!?山之上たかし・・さん!?」
鈴音と太一が駆け寄ってきた。
同じく二人を品定めするように見つめる山之上たかし。
「自分ら、見た目からして高校生やろ?」
「・・はい!」
思わず3人の声が揃う。
「自分ら、出演者?」
「いえ、僕らは一応主催で・・」
「MCは誰なん?」
「僕たちが一応、司会進行だけ・・」
僕と太一が手を挙げる。
「ふーん」
3人は背筋を伸ばして、山之上たかしの次の言葉を待つ。
「ちょうど時間空いて暇になったとこやしな。観に行ったるわ。っていうか・・やろか?MC」
「・・え?」
また3人の声が揃った。
開演まで残り5分。
お客さんは20人程度。
そして目の前には・・あの山之上たかしがスタンバイしている。
「ちょっとこれ、どういう状況!?」
「俺に聞くなよ!」
鈴音と太一がコソコソ話しながら小突きあっている。
「二人とも落ち着いて。とにかく僕たちは、僕たちにできることをしっかりやろう」
鈴音が微笑んだ。
「やっぱりねー。盛一くんは肝心な時に落ち着いていてくれる。頼りになるわ。太一と違ってね!」
鈴音がまた太一を小突いた。
「うるせー!」
太一も負けじと小突き返す。
そうしてるうちに、開演時間が近づいてきた。
「じゃあ、始めますか」
鈴音が笑う。
「おう!」
太一も笑った。
「うん!」
そして僕も。
〈エンディング〉
僕はオープニング曲を流しながら、3ヶ月前の3人の会話を思い出していた。
「ねぇー、ライブのタイトルどうする?」
「鈴音が言い出しっぺなんだから、鈴音が決めろよな」
「太一!ちょっとは考えなさいよ!盛一くん、何か良い案ない?」
「うーん・・せっかく3人でつくるライブだから、3人の名前の頭文字つけるのとかはどうかな?」
「あっ、いいね!それ!」
「盛一、でかした!その案に決定!
じゃあ、モリーの“モ”と太一の“タ”と鈴音の“ス”だな!」
「なんで僕だけあだ名なんだよ!」
「いいからいいから!盛一、ペン貸して!
・・じゃあ、ライブ名はこれに決定で!」
太一が紙に書いた文字を、3人は声に出して読んだ。
「モータースLIVE」
五年後、このモータースLIVEが日本中を巻き込む大ライブに成長していることを、三人はまだ知らない。
終演
※この物語はフィクションです。実在するモータースLIVEとこの物語に登場する人物は全く関係ありません。
<あとがき>
はじめまして。ポテンヒットの松山(写真左)と申します。
今回、モータースLIVEのブログ記事を書かせていただくにあたって、小説という形をとらせていただきました。
モータースLIVEは、若手芸人の青春の舞台だと僕は思っています。
その青春の思いを、この小説に詰め込んだつもりです。
みなさんもぜひモータースLIVEに足を運んで、僕たちと一緒に青春を味わってもらえたら幸いです。
ご来場、お待ちしております。
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