第五話
『秘密のチェリーパイ』前編
青色1号 仮屋想
「やっぱり昼間は安いわ!
今日はいつもより時間が長かった気するで!ラッキー!ラッキー!」
決してそんなことはないのだが、長年通っているため、マンネリ化しつつあるピンサロ終わりに、こうでも思わないとやっていけない山崎猛太。
彼の生業はなんでも屋である。
「食い逃げだーー!!」
歌舞伎町の裏路地に鳴り響く声。
猛太はすかさず声の方に走りだした。
「どこや!どこや!わいが捕まえたるで!!歌舞伎町はわしの庭や!」
ピンサロがあった通りを1つ抜け、居酒屋竜ちゃんがある道に抜けようと角を曲がった瞬間。
「アウチッ!!」
ドンと音と共に1人の男とぶつかった。
「痛ったいなぁ。どこ見て歩いとんねん」
ひょろりと背が高く面長で
鋭いアゴが顔の半分を占めている男が身振り手振りに嘆いている。
「オーイ!ナンッテコッタ!
ママのつくったチェリーパイがダイナシじゃないか!
ジョージおじさんが楽しみにしていたのに!!」
まるでアメリカのアニメに出てくるようなキャラクターだ。
真っ赤なスーツを整えて、コミカルな動きで時計を見る。
「ワーォ!もうこんな時間!パーティが始まっちゃう!ボクはどうしたらいいんだぁ!」
鋭利なアゴに大粒の涙が滴り落ちる。
男の足元に大きな水溜りができそうだなどとしりもちをついたままの猛太が考えていると、その水の粒はピタリと止み、尖ったアゴが一瞬にして、猛太の目の前まで迫ってきた。
「ヘイ!ヘイ!どうしてくれるんだオッサン!!
このチェリーパイ!ジョージおじさんになんて説明するんだ!アァ!?
オメェのケツの皮ひんむいてパイ生地の代わりにしてやろうかぁ!?
コンガリ焼けたお尻パイてか!?こりぁ傑作だぁ!ハッハッハッ!
オーマイガッ!!そんなことできるわけないよなー!!!アァ!!?」
今度はまるで山寺宏一吹き替えのエディマーフィーのような口調で捲し立ててくる。
目の前まで来たアゴを押しのけ猛太も反撃する。
「待て待て!こっちかて、あんたのせいで食い逃げ犯を捕まえ損ねてもうたんや!
おあいこやろ!それになんやて、チェリーパイ?
それどう見ても桜餅やないかい!!」
地面に落ちた薄いピンク色の粒の塊は誰の目にも桜餅にしか見えなかった。
「それにその喋り方、金曜ロードショーに出てくるようなアメリカ人みたいなしゃべりしおって!
日本語ペラペラやないか!あんためちゃくちゃ日本人やないかい!」
この男の名前は真中田 和伸(まんなかだ かずのぶ)。
海外のアニメや映画が好きすぎて自分のことをアメリカ人だと思い込んでしまってるらしい。
「また変なやつに出会ってしまったなぁ。
まぁええわ。大事なお母さんが作ってくれた桜餅食べられへんようになって悪かったな」
「ママのつくったチェリーパイ!!」
真中田が強い口調で言い直す。
「はいはい。ママに作り直してもらうわけにはあかんのか?」
「パーティが始まる時間には、絶対間に合わない!ジョージおじさん悲しんじゃうよー」
またしても大粒の涙を流し泣き出す真中田。
あまりにしつこいので猛太は髪かきむしりながらめんどくさそうに言った。
「あーもうわかったわ!美味しい桜餅さえあればええんやろ!?俺が探してくるわ!」
そう言うと猛太は急いであの場所へ向かった!
「まったく、俺もだいぶお人好しやなぁ」
ゴトンゴトンと電車の音が鳴り響くガード下。
そこにあの人はいる。
ヒラヒラと舞うミニスカート、フリルのついたチェックシャツ、長い茶色の髪の毛を纏い軽やかに踊っているおっさん。
情報屋のかなやんだ。
かなやんは自らを歌手の煮篠カナだと思い生きている。
猛太がもっとも信頼している裏の歌舞伎町に詳しい情報屋だ。
「今日はどうしたの?私今から行かなくちゃ行けない所があるのよ!手短にお願いね」
汗だくになりながら猛太が訪ねる。
「オッサン!ここら辺に美味しい和菓子屋ないか!?特別うまい桜餅が必要なんや!」
クルッとターンしながらフワリとロングヘアーをなびかせながら喋るオッサン。
「だからぁ!オッサンじゃなくて、かなやんでしょ!そんなに急いで何かと思ったらそんなこと!?
それなら任せて!私、桜餅は大大だーい好物なんだから!」
「ホンマか!やっぱり持つべきものはオッサン仲間やなー」
「だからオッサンじゃなーーい!!もうっ!ガハハハ!」
「笑い方がもろオッサンやないかい!ワハハ!」
「やめてよー!ガハハハ!」
続く
0コメント