第五話
『秘密のチェリーパイ』中編
青色1号 仮屋想
かなやんが教えくれたのは男と女の欲望が渦巻くラブホテル街のど真ん中にある小さなお菓子屋さん。
バターや、シロップ、餡子など、とにかくいろいろな甘いにおいがまるで手招きしているかのように店の中へといざなっていた。
「こんなところに、こんなお店あったなんてしらへんかったわ。名前がママンタルトって
これ洋菓子屋さんとちゃうか?」
猛太が店に入ろうとすると中から、鼻歌まじりの歌声と共にとてつもなく太った大男が出てきた。
「ぎ〜んのりゅ〜うの背に〜の〜って〜す〜き〜屋に行こう〜」
その男の履いているズボンは大人4人で履いても余りそうなほど太く、猛太の太いGパンも並ぶとスキニージーンズのようだ。
サーモンピンクの調理服らしき服もパツパツで今にもボタンが弾けそうだ。
「こんなデカイ人間初めて見たわ。ちょっとここの店の人?
早急に桜餅が欲しいんやけどここ売ってるん?」
大男は見た目とは裏腹の少し高い声で喋り出す。
「あーお客さんですか。あいにく今日はもう店仕舞いでね。この後限定タイムセール焼肉食べ放題に行かなくちゃならないから。さぁ帰った帰った」
「なんやねんその理由は。頼むこの通りや。
大事なパーティに必要なんや。桜餅売ってくれ」
猛太は必死に頭を下げる。
「無理だって。だいたいあんた何者だ?ウチに桜餅があるって知ってるのは限られた人しか知らないよ?誰に教えてもらったのさ?」
「この店はあるオッサンから聞いてきたねんけど、そのオッサンのことはうまく説明できひんねん。
(かなやんの存在はあまり知られへん方がええやろ)
それより私は山崎猛太と言いましてな。歌舞伎町で何でも屋をやってるんやけど、ご存知無い?
歌舞伎町では知る人ぞ知るというか、いろんな依頼を結構な数こなしてきたんやで」
「猛太?変な名前だね」
でっぷりと出たお腹をぶるぶる揺らしながら大男が笑う。
「変な名前とは失礼やな。どんな小さなご依頼もあっという間にご解決!何でも屋の猛ちゃんとは俺のことやで」
「も、猛ちゃんて、ハッハッハッハッ!」
大男のツボに入ったのか、笑いが止まらなくなった。
そして笑いながら男は咳き込み始めヒーヒーという引き笑いのような音を出し始め目をまん丸にして、苦しみだした。
「あかん!過呼吸や!」
猛太は急いで店に入り、レジ前にあった紙袋を大男の口にあて、背中をさすった。
大男の呼吸はだんだんと深くなり元に戻った。
「あ“ー死ぬかと思った。なんとか助かったよ、ありがとう猛ちゃん」
まだ少し大男の腹は揺れている。
「人の名前で笑い死にしそうになるなんてなんてやつや。でもこれで借りはできたで、俺はお前の命の恩人や。桜餅売ってもらうで」
「仕方ないなー」
こうしてママンタルトで桜餅を売ってもらった猛太は急いで真中田の元に向かった。
「間に合ったで桜餅、いやチェリーパイ」
「ヘーイ!ミスターモウタ!ボクはキミを信じていたよー!これでジョージおじさんも喜ぶぞ!」
相変わらず大きな身振りで話す真中田。
「ところでミスターモウタ、さっきからあそこでずっとこちら見てる人がいるけど知り合いかい?」
手で拳銃のポーズをとり、パンパンと銃を撃つ真似をする真中田。
その先で、街灯から体の半分以上はみ出した大男が恥ずかしそうにこちらを見ていた。
「あんた!さっきの桜餅んとこの!」
「いやー、結局焼肉間に合わなくてさ。猛ちゃんがパーティとか言ってたから、美味しいもん食べれるかと思って、後つけてきちゃった」
私服に着替えても彼のボタンは弾けそうだった。
「もう、しゃーないな。真中田、この人がこの桜、じゃなくてチェリーパイ作ったママンタルトのえーっと?」
「大津留です!美味しいものを食べにきました!それと、そうだ!お菓子作りの参考にもなるかと思って!」
「後付けがすごいな!食い意地張りすぎやで!」
「猛ちゃんごめんね」
ヘラヘラした大津留が汗だくの頭を紺色無地のハンカチで拭いていた。
続く
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