『なんでも屋山崎猛太』7-1

第七話

『犬』前編

土佐兄弟 有輝



「いや俺はギブ。あんたこんなのほんとに売れると思ってるの?」


「古い知り合いの頼みだから一応原稿は読んでは見たものの、変な名前の登場人物、なんだかあんた1人が書いたとは思えないほど1話ごとにテイストが変わる。

こんな小説誰が読むの」


下北沢にある出版社週刊ミネルバァの小さな部屋で小太りでメガネの男コザワはハキハキと憎たらしそうに言い放った。


「この本は小説なんかじゃないんです!ドキュメントなんです!この山崎猛太という男は本当にいるんです!!!あ、いるよ〜!!!!」


そう言い放った男の名は山戸ヒデユキ。


シャツに黄色のネクタイ、特徴的な馬面。


情熱を持ち強い信念を持つこの男は汗を垂らしながらコザワにもう一度言う。


「この山崎猛太という男は いるよ!」


コザワは山戸の声を遮るように


「何回それ言うの?あのね?

こんなやばい人が歌舞伎町にいるわけないの。あなたの作り話でしょ?

こんな人がいたら大ニュースだよ?

人殺すは女優に松ぼっくりだ損社長の子供が来てホストがどーであーで」


コザワは全く取り合ってくれる様子もない。


すると山戸が立ち上がり


「ほんとにいるんだよ!いる男を書いたんだよ!

この人には恩があるんだよ!どーしてもこの人の人生を描いた本が描きたいんだよ!」


山戸の凄まじい剣幕に押されたのかコザワが聞く。


「だとしたらどうしてそこまでこの人のこと書きたいの?」


山戸は一度腰をかけてさっきとは違う落ち着いたトーンで語り出した。


「それはもう1度会いたいから、僕が1番お世話になった人だから。

こんな本書いたらきっとまた会えるんじゃないかって。

会いにきてくれるんじゃないかって」


先ほどとは打って変わって落ち着いた声でそう語り出す山戸。


山戸は汗を拭い生唾をごくりと飲み込みコザワの目を見て呟いた。


「僕は昔犬だった」


この突拍子もない発言に一瞬場が凍りつく。


そんなことも束の間

すぐさまコザワが鼻で笑った。


「…プッ ハハハ 山戸さん面白いねぇ!君みたいな人がM1だかナニ1だかを受賞したらいーのにねぇ!」


皮肉たっぷりにコザワはまくし立てる。


「それこそ馬鹿1があったら君が間違いなく1(ワン)だよ」


コザワのユーモアは少し鼻につくがこの時ばかりはコザワが正しい空気であることは間違い無い。


すると山戸はコザワのことなど気にせずまた話し出した。


「いつもご主人様は僕の頭を撫でてくれた。いつ何時も仕事から帰ってくると必ず僕の頭を撫でてくれた。

松ぼっくりのあとも、かくれんぼのあとも、歌舞伎で人探ししたあとも、黒人と話したあとも、組長の誕生日を祝ったあとも」


山戸は落ち着いた様子で淡々と語る。


「ご主人様は嬉しそうに僕にいつも仕事の話をしてくれた。でもある日一粒の錠剤を僕は誤って飲んでしまったんだ」


コザワの顔つきが変わる


「僕はそのバイアグラと呼ばれる錠剤を飲んだ。

するとみるみる姿形が人間に変わっていった。

変わり果てた姿になった僕は家を飛び出した。いや事務所を飛び出したんだ」


この山戸の告白は信じ難い話にもかかわらずどこか信憑性を秘めており嘘をついている男のそれではないと言うことをコザワも感じていた。


コザワはもはや冗談を言う様子もなくただただ山戸の話を聞いている。


「僕の本当の名前はイブ」


続く

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