第七話
『犬』後編
土佐兄弟 有輝
山戸という男はあの山崎猛太の愛犬イブであるというのだ。
山戸が本を書いたのは猛太に自分がイブであることを疑われずに伝えるためだったのだ。
この衝撃的な話を聞いたコザワは少しだけ山戸の話に耳を傾けていたものの我を取り戻したかのように少し考え椅子を座り直しこう返した。
「お引き取りください。そんな御伽話誰が信じるの?
だいたいバイアグラで犬が人間になる?馬鹿馬鹿しい。
暇じゃないんです。なんなら調べましょうか?オッケーGoogleバイアグラ… 」
山戸は立ち上がり肩を落とし部屋を後にした。
コザワは1人残された部屋で山戸を紹介したと思われる男と電話で話していた。
「全く。勘弁してくださいよ。あなたのお願いだから会ってはみたもののとんでもない大ホラ吹き野郎でしたよ。だって…」
コザワは何かに気づいた様子でゆっくりと先ほど山戸が座っていた椅子に近づいた。
そこには黄色い犬の毛が束になって落ちていた。
コザワはその毛を掴み電話の相手に震える声で
「掛け直します」
と呟いた。
歌舞伎町はあれから5年の月日が経っていた。
山崎猛太は事務所の前で体を伸ばし気持ちの良い午後を過ごしていた。
あれからというものの何一つ変わった様子もないこの街。
ただ一つ変わったことがあるとするのなら仕事の話を聞いてくれるヤツがいないことくらい。
「イブがおらんなってもう5年か。どこいってもうてん。ロングアイランド島から帰ってきて次の日におらんなったんや。 なぁアダム」
そう呟く視線の先には
赤い服を着させられたらまん丸と太ったパグが顔を覗かせている。
イブがいなくなったあとこの家にやってきた新しい飼い犬のアダムである。
「せやせや、あのいつものピンサロでもいったろーかな!アダム!まっとってなー!」
そうアダムに告げると猛太はピンサロへと意気揚々と出かけていった。
「あかんあかん忘れもんや!これがあらへんと勝負できへん!」
慌てて帰ってきた猛太は事務所に掛けてあるコートのポケットからなにやら錠剤を取り出した。
「今度こそアダムいってくるでぃ!えーこにしときや!」
猛太が出ていった部屋に一粒の何かが光っている。
アダムはそれを疑うことなく飲み込んでしまった。
次の瞬間どことなくパグの面影を残した男が部屋に立っていた。
頭はもじゃもじゃ眼鏡をかけ腹が出た男。
赤い服はそのまんま。
アダムもあの時のイブのように部屋をいや事務所を飛び出していった。
誰もいなくなった部屋の床に5文字のカタカナが刻まれた空になった錠剤のケースが落ちている。
そう、その5文字は『バイアグラ』。
続く
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