第三話
『怪奇の涙』前編
パーティーズ 菅野ナオト
怪しくネオンが揺れる街 歌舞伎町。
金さえ払えば、あらゆる欲を満たしてくれる。
そんなめっきの街の片隅に【何でも屋】を営む男がいる。
名は山崎猛太 (やまざき もうた)
「ん、んーー? なんや もうこんな時間か」
時刻は午前0時を回っていた。
眠気眼でスマホを自前の太いジーパンのポケットに入れる。
猛太のジーパンはとにかく太い。
左右のポケットもノートパソコンが入るのではないかというくらいデカイ。
ボロボロのソファーから状態を起こし、ため息をつく。
「あかん 変な時間に寝てもうた」
ぼやきながらハンガーにかかった革ジャンに袖を通し、ドアを開ける。
ボロボロの幅高の階段を慣れた様子で早足で降りていく、外に出たのは行きつけの飲み屋に行くためだ。
自宅件事務所から徒歩2,3分程の所にある
【竜ちゃん】という店。
看板に書いてあるダチョウがトレードマークだ。
(ガラガラ)
「竜さん 毎度!」
「なんだよ また来やがったか」
嫌そうな口振りとは逆に、待ってましたと言わんばかりの笑顔を浮かべる店主の竜兵。
いつものようにカウンターから一番近くのテーブル席に座り、椅子の背もたれに革ジャンを掛ける。
なぜか猛太はカウンターには座らない。
「今日もガラガラやな。店主が小太りのおっさんやし、しゃーないか」
「違うよ。 関西弁のおっさんが入り浸ってるから流行らないんだよ!」
挨拶代わりのやり取りである。
「んじゃ、竜さんいつものちょうだい」
「あいよ」
麦のソーダ割りにカットレモンを絞らず入れる。
猛太のお気に入りの飲み方だ。
置かれた麦のソーダ割りをスポーツドリンクのようにゴクゴクと飲む。
「猛太よぉ。お前ももう良い年なんだから、そんな飲み方よしとけよ」
「良いんだよ竜さん。酒は流し込まないと」
(ガラガラガラ)
他愛もない会話をしてると店のドアがゆっくりと開く。
「いらっしゃい!」
店主の挨拶には目もくれず辺りを見渡す。
猛太の姿を見つけると、足早に猛太の座る席の目の前に向かい立ち止まりニタっと笑う。
「初めまして あなた山崎猛太さんですよね?」
不気味な笑顔はまるでピエロのようだ。
「そうやけど、あんた何者や?」
眉毛が隠れるヘルメットのような髪型に、濃い青色のチェックのスーツ、蛍光色のシャツに虹色のネクタイ 品の欠片もない格好だ。
猛太が不信に思うのも不思議ではない。
「あなたに依頼がありましてねぇ」
猛太の許可もなく、喋りながら目の前の席に座る。
「なんや、何でも屋の依頼かい。
それやったら、正規の時間に事務所に来てもらわな依頼は受けれへんわ。
竜さんおかわりちょうだい」
男に目線も送らずマスターに注文を頼む。
「いやぁ それがお宅の何でも屋はその筋の世界じゃ有名でしてねぇ。
歌舞伎の人間が白昼堂々と事務所に入っていく所を見られると、あらぬ噂がたっちゃうんですよ。
だからわざわざ人目のつかない場所で依頼してるんですよ」
「誰の店が人目のつかない場所だよ!」
竜さんのツッコミには目もくれず猛太は男の顔を見る。
「ってことは、あんた歌舞伎の人間ちゅうことやな?」
「いやぁ まだ自己紹介がまだでしたねぇ 私こういうものです」
汚いテーブルの上に名刺を滑らすように置いた。
「あぁ! あんたあの有名な怪奇か!」
大声で喋りながらおかわりの酒をテーブルに雑に置き、竜兵が勝手に名刺を手に取る。
「なにしてんねん! 竜さんは調理場でYouTubeでも見ててください」
竜兵の手から名刺を奪い取り、最近始まりかけた老眼の目をこすり名刺を見た。
和紙に金箔があしらわれ、文字は銀色。
ギラギラと下品な色使いだ。
【ホストクラブ レフカダ 薩摩 川(さつま せん) 】
「あぁ、あんたが薩摩さんなんか」
歌舞伎町のホストクラブは日本屈指の激戦区 様々なホストクラブが乱立している。
その中で、店の総売り上げによってランク付けされており、下はDランク、上はSランクのピラミッドになっている。
【ホストクラブ レフカダ】は一番上のSランクに属してるホストクラブであった。
そしてそのホストクラブレフカダのカリスマホストとして有名なのが、【薩摩川】である。
お世辞にも格好良いとは言えない容姿なのだが、独特の世界観とまるでRPG(ロールプレイング)のように仕事をこなす姿から付いた異名が【怪奇】 歌舞伎町でこの名を知らない人はいない有名人だ。
「んで、こんな有名人が、しがない何でも屋になんのようでっか?」
めんどくさそうに猛太が尋ねると、薩摩はニコニコしながら答える。
「ここじゃなんですから、場所を変えましょうか お会計は私が」
もっこりと膨らんだ封筒をカウンターに置いた。
表情は笑顔だが目冷めきっていた。
「お釣りはいりませんので」
「い、いやぁ、 」
蛇に睨まれた蛙のように固まる竜兵を横目に
「まぁ、酒奢って貰って二件目の誘い断る酒飲みはおらへんからな。旨い焼酎置いてあるとこで頼むで」
と革ジャンを羽織り店を後にした。
続く
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